福岡地方裁判所飯塚支部 昭和40年(わ)8号 判決 1965年4月13日
被告人 川口茂信
昭一五・二・一生 養豚業手伝
主文
本件公訴を棄却する。
理由
本件起訴状に記載された公訴事実は
「被告人は暴力組織として他から畏怖されている山野組々員であつて同組の事務所たる飯塚市徳前嘉飯興業社に居住している者であるが昭和三九年一二月二六日午後九時過頃右事務所奥の間に一人で就寝中、梅崎繁一(当一七才)及び安永金王(当一六才)の両名が酔余、同所土間に立ち入り「度胸のあるやつは出てこい、やつてしまうぞ」等と怒号したので憤激して突差に殺意を生じ、床の間に置いていた日本刀(刃渡五一センチメートル)をとり裏口から出て玄関にまわり右日本刀をもつて玄関の内側にいた梅崎の左胸部を突き刺して殺害し、引続き外に出ようとして同所附近にやつて来た安永の左胸部を突き刺したが同人に対しては治療約二週間を要する左胸部刺創を負わせたのみで殺害の目的を遂げなかつたものである」
というのである。
ところで、右公訴事実の記載のうち「被告人は暴力組織として他から畏怖されている山野組々員である」旨の記載部分は本件犯罪事実(殺人、同未遂)の構成要件となる事実でないことはもちろん、その動機、原因、その他本件犯罪事実と密接不可分の関係にある事実とも解せられない。しかるに右の如き記載は事件の審理に先だち裁判官をして被告人の悪性格を印象づけるだけではなく、ひいては犯罪事実に関して被告人に不利益な予断を生ぜしめるおそれがあるものと認められる。従つて右の如き事実を起訴状に記載することは予断排除の原則を規定した刑事訴訟法第二五六条第六項に違反し、その起訴は無効であるから、同法第三三八条第四号により公訴を棄却すべきものである。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 江藤盛 藤島利行 綱脇和久)